奇跡が起こった

娘が合格した。

奇跡!!

いや、娘の努力のたまもの。

怒涛のようなこの2019年のスタート。

まるでドラマだった。

どこから話していいのやら、

3回、受験することにした。

念のため。

だって、ギリギリ

6月からの挑戦だったから。

嫌がった、最後の最後まで。

だけど、冬休みが終わって、

学校初日に、変わった。

学校休みたくないと言ってたのに

自分から、先生に「受験で休む」伝えたのだ。

その理由は、友達の存在。

手の甲に【頑張って】とたくさん書いてあった。

他にも受験する子がいたので、それもよかったみたい。

1日目

半分くらいしかできなかったと帰ってきた

速報を見たら番号はなかった。

2日目

午後からだった。

午前中、急な腹痛で直前に医者行った。

30分くらいまえに痛みがなくなり

試験に臨んだ。

帰ってきた時の顔は真っ青。

算数は4問しか出来なかったと

ガッカリしてた。

隣の子は全問解けていたと。

もう3回目は受けたくないと訴えてきた。

そりゃそうだ。

私でも

同じこと言う。

部屋にこもってた。

次の日、友達とカラオケに行ってた。

笑顔で帰ってきた。

いいガス抜きができたんだと思う。

夫と私は、連休最後の日にある3回目の試験に向け、過去問を頑張って解いた。教えるためだ。

、、、、、、

めっちゃ難しい。

解けないのがいくつもあった。

今の中学受験ってこんなに難しいんだと

ため息をついた。

これは、相当プレッシャーだったねと。

だけど、3日目は、やれるとこだけ頑張ろうと背中を押した。

3日目

試験が終わって、笑顔だった。

今までで一番良くできたと言うのだ。

これは、いけたかなと思った。

ところが

娘の数字はなかった。

落ちたのだ

本人は、さすがに少し涙目だった。

胸が詰まった。

月曜日、切り替えて学校へ行った。

ところが、体育の時間跳び箱で怪我をしてしまった。

踏んだりけったりだった。

骨折ではないけど、相当痛そうだった。

そのまま時間は2日過ぎた。

もう、繰り上げもないなと思っていた。

夜の8時。

なんと、繰り上げ合格の連絡がきたのだ。

受かったはいいけど、本人は、あれだけ嫌がってたから

それを伝えた時

どんな態度を取るかドキドキした。

ななななな

なんと、

やったーと飛び上がったのです。

私、天才!

神さまが微笑んだ!

と飛び上がったのだ。

え?

ほんとうは、行きたかったんだ!

相当、怖かったんだ。

そこで、娘の気持ちを知った。

だから、行きたくないって。

落ちるのが怖くて

自信がなくて。

思い起こせば、

昨年の6月に、娘の怠惰な態度が気になり、怒りとともに、【受験】と言う言葉が降りてきた。

何故だかわからない。

頑張るとか、悔しいとか

そんな感情のないゆるーい世界にいる娘が心配になった。

そこから競争と言う名の受験という嵐の中に放り込んだ、親心。

可愛い子供には、旅をさせろ。

そんなことわざがあったような。

いいよ、いいよ。なら

どれだけ楽だろう。

葛藤の連続だった。

結果、合格して、娘が喜んで。

ほんとうに、良かった。

夫と抱きしめあった。

ドラマのような受験物語だった。

とにかく、おめでとう。

おめでとう。おめでとう。

ほんとに頑張ったね。

ゆっくり休んでね。

私は、娘の

明るさ、休まず学校に行った姿に、

関心した。

みんな友達は受かったと言われてても

明るく学校へ行った。

ありがとう。

ありがとう。

一生嫌われてもいい。

そう思って、受験を受けさせた

私と夫の判断。

信じきる。

自分も。

娘を信じきることを

学ばせてもらった。

ABOUTこの記事をかいた人

2008年、一冊の本をきっかけに作家、中谷彰宏氏主催の中谷塾に入塾。数々のセミナーをきっかけに、子どもの頃から好きだった「絵を描くこと」で世の中を元気にしたいと志を抱き、「クリニカルアーティスト」になるべく道を歩み始める。 同年、彫刻家である、故金子健二氏の芸塾造形研究所に入所。臨床美術士3級を取得する。 2010年、あなたの脳と心を元気にするプロジェクト「おもしろアート塾」を立ち上げ、月に2回大人の為の図工教室を開催。翌年、「夢名塾」設立。「だれでも講師になれる」をコンセプトに、講師としての実践の場を多くの仲間に提供している。 その他、企業、介護施設等でもアート教室の講師を務め、受講者からは「自分がこんなに描けるとは思ってなかった」「上手い、下手ではないんですね」「楽しかったし、スッキリした」との好評を得ている。 モットー「大人が元気で、子どもたちが未来に夢を持てる社会にしたい」 1969年 埼玉県川越市出身 4人の子どもの母である