なぜアートなの?②

ご縁のあった人の枠を外して一緒にワクワクするツナギスト松永泉です。

臨床美術士への道のりは、簡単ではなかった。

御茶ノ水まで、2歳の娘を預けて、2年くらい通いました。

介護施設、幼稚園、学童、などなど

実習もあり。

実際にカリキュラムを作る段階では、

こんなに参加者のことを考え抜いて細かく試行錯誤できてるプログラムなんだということに、トリハダがたちました。

最後は、自分が講師になってプログラムを実施するのが試験でした。

見事に落ちました。

落ちたことで

どこがいけなかったのか?

どうすれば良いのかと悩み抜きました。

教えるとも違う。

答えは、参加者の中にある。

一緒に悩む

提案する。

コーチングに似た立ち位置でした。

上でも下でもない。

寄り添う。

なんだ??

落ちたことで、

深い学びができました。

2010年

合格した時は、ほんと、嬉しかった!

これで、臨床美術士としてのスタートをきれる。

ホームページ作って、

宣伝して、

そんなとこから、

フェイスブックとの出会いでした。

続く

ABOUTこの記事をかいた人

2008年、一冊の本をきっかけに作家、中谷彰宏氏主催の中谷塾に入塾。数々のセミナーをきっかけに、子どもの頃から好きだった「絵を描くこと」で世の中を元気にしたいと志を抱き、「クリニカルアーティスト」になるべく道を歩み始める。 同年、彫刻家である、故金子健二氏の芸塾造形研究所に入所。臨床美術士3級を取得する。 2010年、あなたの脳と心を元気にするプロジェクト「おもしろアート塾」を立ち上げ、月に2回大人の為の図工教室を開催。翌年、「夢名塾」設立。「だれでも講師になれる」をコンセプトに、講師としての実践の場を多くの仲間に提供している。 その他、企業、介護施設等でもアート教室の講師を務め、受講者からは「自分がこんなに描けるとは思ってなかった」「上手い、下手ではないんですね」「楽しかったし、スッキリした」との好評を得ている。 モットー「大人が元気で、子どもたちが未来に夢を持てる社会にしたい」 1969年 埼玉県川越市出身 4人の子どもの母である