【ブログNo.18】子供に会えないつらさが、生きるパワーになった。

離婚したばかりは、母親失格と自分を責め続けました。

スナック五次幻に働きはじめたころも、独身と嘘をついてました。

リツコママは、お見通しです。

耐えきれなく、ママに事情を打ち明けると「そんなことだと思った」と、ひとこと。

仕事が終わってから、全部打ち明けました。

「子離れを、人より、ちょっと早くしただけだよ。必ず会えるから大丈夫」。

笑い飛ばして、エールをくれたのです。

ママ自身も苦労人だったから、人の痛みがわかってしまうのです。

ママの壮絶人生を聞いたら、自分のやっちゃったことが、小さく感じました。

 

そのときから、「暗く生きるより、明るく生きよう」。そう決めました。

子供がいるときはできなかった、

習い事。映画をみる。海外短期留学。

本をよみまくる。

NOVAに通い始めました。

本屋さんにも通い始めました。

世の中が広く感じました。

子供たちに会えた時、明るいお母さんでいよう。

そう決めたら、習い事が、人生の楽しみになりました。

パソコンの学校にも通いました。

ひとつ、絵の勉強だけしてませんでした。

絵というと敷居が高かったからです。

一番絵が好きだったのに、商業高校出身。

絵の勉強は、ずっと片想いでした。

今のオットと再婚して、、「夢をあきらめないで」と言ってくれたのが

一歩踏み出すきっかけとなったのです。

臨床美術との出会いは、今までの見方、考え方を、大きく変えてくれたのです。

好きなことに巡り合えたり、習えたりできるのは、幸せですね。

リツコママが、元気をくれたように、私も、頑張ってる人に元気をあげることができたら嬉しいです。

泉より。

*最後まで読んでいただき、ありがとうございました。*

いいね!や、コメントが今日の励みになります。

お気に召しましたら、応援をよろしくお願いいたします。

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

2008年、一冊の本をきっかけに作家、中谷彰宏氏主催の中谷塾に入塾。数々のセミナーをきっかけに、子どもの頃から好きだった「絵を描くこと」で世の中を元気にしたいと志を抱き、「クリニカルアーティスト」になるべく道を歩み始める。 同年、彫刻家である、故金子健二氏の芸塾造形研究所に入所。臨床美術士3級を取得する。 2010年、あなたの脳と心を元気にするプロジェクト「おもしろアート塾」を立ち上げ、月に2回大人の為の図工教室を開催。翌年、「夢名塾」設立。「だれでも講師になれる」をコンセプトに、講師としての実践の場を多くの仲間に提供している。 その他、企業、介護施設等でもアート教室の講師を務め、受講者からは「自分がこんなに描けるとは思ってなかった」「上手い、下手ではないんですね」「楽しかったし、スッキリした」との好評を得ている。 モットー「大人が元気で、子どもたちが未来に夢を持てる社会にしたい」 1969年 埼玉県川越市出身 4人の子どもの母である