ご縁のあった人の枠を外して一緒にワクワクするツナギスト松永泉です。

臨床美術士への道のりは、簡単ではなかった。

御茶ノ水まで、2歳の娘を預けて、2年くらい通いました。

介護施設、幼稚園、学童、などなど

実習もあり。

実際にカリキュラムを作る段階では、

こんなに参加者のことを考え抜いて細かく試行錯誤できてるプログラムなんだということに、トリハダがたちました。

最後は、自分が講師になってプログラムを実施するのが試験でした。

見事に落ちました。

落ちたことで

どこがいけなかったのか?

どうすれば良いのかと悩み抜きました。

教えるとも違う。

答えは、参加者の中にある。

一緒に悩む

提案する。

コーチングに似た立ち位置でした。

上でも下でもない。

寄り添う。

なんだ??

落ちたことで、

深い学びができました。

2010年

合格した時は、ほんと、嬉しかった!

これで、臨床美術士としてのスタートをきれる。

ホームページ作って、

宣伝して、

そんなとこから、

フェイスブックとの出会いでした。

続く